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ETSUKO TADA/ SHINSEI 

多田 悦子 / 真正ボクシングジム

WBA Minimumweight female world champions(Apr 11, 2009 — Jul 23, 2013)

IBF Mini Flyweight female world champions(Dec 11, 2015— Jun 30,2017)

WBO Mini-flyweight female world champions(Dec 1,2018 — 2019​)

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掲載日 2019/12/08

取材協力​ 真正ボクシングジム

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「プロボクサーがボクシングで食べれるようにならんと、夢ないでしょ。」

 

でも実際にそうできている人は数えるほどだと聞いている。

 

「だから、そうならないとやる意味がないと思ってるんです。後に続く人のためにも。」

 

試合はもちろん講演会、縄跳びを使ったトレーニングの普及、関西でのボクシング女子会の開催、スポンサー企業からのバックアップ。様々な活動も多岐にわたるが彼女は今、ボクシング、そしてそれにまつわる収入で暮らしている。

 

5月に誕生日を迎え現在38歳。プロボクサーになって10年以上が過ぎた。

wikipediaにある通称は「女ケンカ番長」。リングの上なら殴っても罪にならないと言われてボクシングを始めたと書かれてあるが、真実は違う。

 

「高校生の時、多数の男子生徒に絡まれて立ち向かったんです。それを聞いた恩師が、その勇気があるならボクシングに向いてるんじゃないかと誘ってくれました。」

 

そう、そもそもボクシングのキャリアは、彼女の「ケンカの強さ」ではなく「勇気」を高校の恩師が認めたことから始まったのだ。

 

「男の子に混じってね、とても綺麗なシャドウをする子だって印象でしたね。」

高校時代の彼女を知るフォトグラファーが語った。

 

彼女のフォームはとても美しい。眼ざしは常に正面を見据え、頬骨に押し付けられた拳は一瞬放たれすぐ元の位置へ。ガードをしっかり、打ったらすぐに戻す。ボクシングに出会って20年以上たった今もそれは変わらない。「美しい」とは「基本に忠実」。すべての物事においてそれは共通ではないか、と見ていると感じるほどだ。

 

今年の3月、WBC世界女子ミニマム級挑戦者決定戦に向けての記者会見の場で彼女はこう言った。

 

「ボクシングはアートだと思っています。」

肉体の限界を超えたトレーニング、精神の想像を超えたプレッシャー。リングに上がり命がけで対峙しなければ表現できない試合はただの戦いではなく、その二人が今ここで戦うことでしか生まれ得ない「アート」なのだ。

 

だから観る価値がある、魅力がある、だから見て欲しい。

 

「大きめに書いといてくださいよ!」

記者の目を見据えてプッシュする。そんな言葉にも想いの強さをまざまざと感じるのだ。

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 昨年の12月1日に行われたWBO女子世界ミニフライ級タイトルマッチ。

 

長年プライベートでも親交のある江畑佳代子が悲願で掴んだ世界チャンピオンのベルトに挑戦し、フルラウンドの末3-0で多田が勝利をつかんだ。レフェリーに左手を上げられた多田は、瞬時に手を伸ばし笑顔を見せた江畑とは対照的に目線を下に落とした。

 

「江畑さんは大好きな人なので、彼女っていう『人』を見たら絶対勝てないと思ったんです」

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私には、その試合で江畑は「今、この時」を多田と目一杯に戦い、時折笑顔を見せ楽しんでいるようにも見えた。でも多田は、「その向こうの何か」と淡々と、そして時に苛立ちすら感じながら戦っているように見え、そのコントラストがとても印象的だった。

「やっぱり4団体制覇を見据えていたので、負けるわけにはいかなかったんです。試合中もそのことは考えていました。」

 

最高峰の二人にしか創れないまさしくアート。

お互いの想いが交錯しぶつかり合い、見る者の心を大きく揺さぶった。その試合は2018年度の女子年間最高試合賞に輝いた。

 

今年の4月、そのベルトを返上し、4団体制覇への最後の1つ、WBC世界女子ミニマム級への挑戦者決定戦を迎えた。試合の直前、トレーナーと入念に動きの確認をし、チームメイトと出陣の円陣を組んだ多田はこう叫んだ。

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「勝って霞に繋げるぞ!」

 

自分の試合の直前なのに、人のことを考えるのか、と驚いた。

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彼女は、人を想う人だ。

 

話をしては端々に人への想いを散りばめる。恩師、後輩、仲間や近所の人たち、そして家族。その人のことを伝えるときは、誤解されないように丁寧に教えてくれる。例えば恩師であればフルネームからあだ名、そして性格や近況など細やかに説明し、最後に感謝や賛辞の言葉を述べることも多い。人を想うから、人を守るために、真に強くいたいのかもしれない。

 

だからなのか、ファンにもとても愛されてるようにも思う。試合中、少しイラついた様子を見せた瞬間、四方から「えっちゃん、冷静に!」「キレたらあかん!」と声が上がった。多田ならではの声援におもわず笑ってしまう。

 

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試合前のリング上では誰よりも長く、何度も同じ動きを繰り返しイメージしていた。彼女にしか解らない、細かい細かい微調整が行われていた。誰かに聞いたことがある、緊張するのは準備が足りないからだと。彼女はギリギリまで最善の準備をし、リングに上がる。

 

恩師が見抜いた「勇気」とフォトグラファーが見た「基本に忠実」な美しい動き。


その2つの原石は、本人によってこれからもずっと磨き続けられるだろう。

プロであるため、自分の仕事を全うするため、その先の誰も見たことのないアートを創り出すために。

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