SACHIKO KONDO / SURUGA
近藤佐知子 /駿河ボクシングジム
division/FLY w/1 l/1 d/1
vol.1
試合前、リングでシャドウをする彼女を見た。
一打一打、確認、ではなく遠くの何かを掴みに行くようで、とてもカッコよく見えた。
対戦相手は佐山万里菜(ワタナベボクシングジム)、元サッカー選手、筋金入りのアスリート。
ゴングと同時に近藤は佐山に飛びかかる。タイプの違う選手同士、激しく打ち合い会場は一試合目から多いに沸いた。
後ほど、近藤にとって2月に急逝した会長の故、増田義雄氏の弔い試合であることを知った。
近藤は静岡、駿河ボクシングジム所属。地元ということもありたくさんの声援が送られていた。
その声援たちにも負けない笑顔で答えていたのが印象的だった。とにかく表現が豊か。リングサイドに戻れば笑顔で応え、ドローの判定には分かりやすく悔しそうな表情を見せた。
西焼津。幹線道路沿いに、運送会社と併設されたジムはある。仕事を終えてジムに到着していた近藤は洗濯したてのバンテージを巻いていた。
彼女のことを何も知らないままジムに伺った。彼女の職業は小学校の教員。当然、プロボクサーとして収入を得ない旨の一筆は書いている。
ボクシングを始めたのは4年前。
「子供達が頑張ってる姿を見て、自分も何かに打ち込みたいと思った時にふとボクシングが降りてきたんです。」
ジムにやって来た時にはボクシングの知識はほぼゼロ。現会長の鈴木氏も「どうせすぐやめるだろう」と思い1年ほどまともな会話もなかった。本気で始めたのは2年前、プロデビューは2017年8月。現在3戦を経験、戦い続けるうちに気持ちに変化が訪れる。
デビュー戦はとにかく勝ちたかったが、戦いを重ねるうちに自分がボクシングで「表現」したいことがわかってきた。それは先代が大切にしてきた「駿河魂」だ。駿河ボクシングジム内で重んじられている、「何があっても諦めない、正々堂々と戦う美しい生き方」を言う。今年2月に亡くなった前会長、増田義雄氏の哲学。「駿河賞」という、勝負ではなくリングに上がって判定で逃げてないか、リングにいる姿勢などを評価するジム内で設けられた賞もあるほど。
当然のごとく勝利を目指すボクサー達、でも最終的には勝利より哲学の方が大切だという価値観。近藤のシャドウを思い出す。遠くまで、祈るように伸びるパンチ。当然勝つために戦う、でも駿河魂、を表現して戦うことが目的。逃げずに、正々堂々と。
教師という仕事と、ボクシングの両立、簡単なことではない。
正直、仕事を辞めてボクシングに打ち込みたい、と思ったこともあった。
しかし、自分自身子供達や仕事に支えられていると感じたり、教室の中だけで子供達を教えられるのか、自分がボクシングをしている姿を見せることがまた、子供達にも良い影響があるのではないか?そう想った時、仕事とボクシングが繋がった。もちろん、ボクシング一本にした方が強くなる可能性は高い。しかし人それぞれ、まずは自分の置かれた場所を大切に、最大限の努力をすることを彼女は選ぶ。それは教員であり、ボクサーである自分にしかできないこと。はっきり一筋の道が見えてきた。
以前受け持っていた特別支援学級の足に障がいのある生徒がボクシングを始めた。部屋には「近藤佐知子」コーナーを作って、彼女の記事を飾っている。彼の将来の夢はボクサー。駿河魂を表現し、伝えたい。彼女の想いは確実に、広まり始めている。
5月28日、後楽園ホール。ボクシングの聖地で、近藤は再度佐山と戦う。
「ドローになって、すごく良かったと思っています。自分に足りないものが今まで以上に明確にわかりました。全ては世界チャンピオンになるために起こっていると思っています。」
亡き会長から受け継いだ「駿河魂」。初の東京、後楽園ホールでも存分に表現してもらいたい。