SACHIKO KONDO / SURUGA
近藤佐知子 /駿河ボクシングジム
division/FLY w/1 l/2 d/1
vol.2
久々に会う近藤はピンクの鮮やかなTシャツを着ていた。
「ピンク、いいですね。」と私が言うと、「私に似合う色、ピンクだってわかったんです!」と笑顔で言う。以前までは黄色をラッキーカラーとしていた、でも今はピンク。そんなところがなんとも女らしく、妙に共感してしまう。
試合まで後3週間、男性相手のスパーリング。ジムに響く音は重く硬い。鈴木会長がスタンスを何度も確認する。静岡では女性のスパーリング相手がいないので、数日後に東京で出稽古をすると伺い、同行させていただく約束をしジムを出た。
出稽古は鈴木会長の旧友である阪東ヒーロー氏のいるユナイテッドボクシングジム。スパーリング相手は塙英理加選手、今勢いのある選手のひとりだ。そもそも現在、日本の女性プロボクサーは120人ほど。その中で階級分けすると自ずと同じような階級の選手は絞られていく。とにかくみな、必死なのだ。少ない選手の中では埋もれる事すらできない。とにかく一番上に顔を出す、それしかない。
アップを済ませて早々にリングに上がる。始まるなりお互いどーんとぶつかり合った。その音や振動が、少し丸い気がしたのだ。男性とは違う音。前回ジムに行った時、近藤が「女性と練習したいです。」と言った意味が少しわかった気がした。女は女としか戦えないのかもしれない。
「近藤佐知子はいませんかー?」
後楽園ホールビルの1階周辺は階段や建物で囲まれており、音がよく響く。私はビルまで少し離れた場所で、その声をはっきり聞いた。1階に着くともう声の主の姿はなく、5階に上りエレべーターが開くと、子供達がガラス越しに中のスタッフに「近藤佐知子はいませんかー?」と声を張り上げていた。
「様子見てくるから、名前教えて」と言うと、「〇〇です!」「いや、△△です!」と自分の名前を伝えろと競り合うのがなんとも微笑ましい。近藤の職業は小学校の教員、今は6年生の担任をしている。運動会の代休で平日のこの試合を学校を休む事なく迎えていた。当然子供達も休み。数名の生徒達が親御さんと共にこの後楽園ホールまで応援に来ていた。
控え室。近藤に会った瞬間、私は「いい感じですね」、とつい声が出た。キリッとしてるけど、きつい感じのしない、いい感じ。彼女とすれ違った誰かも同じ言葉を声に出していた。
ひとしきり子供達やファンの方と挨拶を終え、早速試合の準備に入った。この日の試合はオール4回戦。3試合目出場ということは、試合がすぐに回ってくる可能性が高い。テーピングのチェックを終え、アップのシャドウを黙々とする、瞬く間に時間は過ぎていく。
彼女が入場時に着ていたTシャツは、以前受け持った生徒が贈ってくれた。足に障がいを抱える彼は、特別支援クラスの担任だった近藤の背中を見続け、今は自宅でボクシングの練習に励んでいる。試合には毎回駆けつけ、横断幕を持ち応援する。自分でデザインしたTシャツには、想いの丈を込めた。「初めてボクシングの試合を見る」という彼女の教え子たちも、声を上げる。試合が始まった。
女子の試合は1ラウンド2分。かける4ラウンドが彼女たちに用意された時間。対戦相手は再戦となるワタナベボクシングジム所属、佐山万里菜選手。彼女も当然のことながら最善を尽くしてこのリングに上がってきている。
試合は打ち合いに終始した。前回浜松で行った試合とは正反対のアウェイ。佐山への声援はきっと盛大だっただろう。子供達も、「向こうの応援はスゴかったよ!」と言っていた。でも、近藤サイドにいた私には試合中の子供達の声援が一際大きく聞こえていた。「がんばれー!」「がんばれー!」と。
ジャッジは37-39、37-40が2人。
近藤の負けが決まった瞬間、私は何かさっと、心に上から一枚布をかけたような、ざわつきは少しごまかして、とにかくもう少し側にいようと思った。着替えを済ませ、挨拶を済ませ、他の女子の試合を見ている彼女の背中を眺めていた。時折子供たちが彼女の元に集まっては写真やサインをねだり、「今度は勝ってね!」とキラキラした瞳で声をかけた。こんな応援団、しかも自分の生徒がいたら、落ち込む事さえ許されないだろう。
鈴木会長がスタッフの皆さんと話していた会話の最後が聞こえた。
「これからだ。」
だとすれば、これからなのだ。
後日、近藤がくれたメールには
「私には駿河ボクシングジムで世界チャンピオンになる使命があります。
変わらぬあたたかな応援をしてくださる皆様がいます。世界チャンピオンになることは、死んでも諦めません!やり遂げます。」
と記されていた。
まだまだしばらく、側にいられそうだ。
※お子様、お子様の保護者の皆様には写真掲載の許可を頂いております。