ASAMI JINNARI/KASHIMI
神成 麻美/カシミボクシングジム
division/FEATHER w/5 l/3 d/1
寸前まで激しく撃ち合った二人は、最後のゴングとともに歩み寄り抱きあった。
「ありがとう。」
そんな声が聞こえるような、一瞬。
浜松では37年ぶりのタイトルマッチ、そして新設された女子日本初代フェザー級初代王者決定戦は因縁の再戦。そのプレッシャーたるや当事者以外には到底計り知れない。試合会場は大いに揺れた。天井から跳ね返った大歓声が降ってくるようだった。
判定の結果、2-1でレフェリーは藤原芽子(真正ボクシングジム)の手を挙げた。
試合後、神成にロビーで声をかけた。氷嚢を当てながらも「女子ボクシングに興味を持ってくれて嬉しい」と話を聞かせてくれた。
格闘漫画、ろくでなしブルースが大好き。そしてなぜだかいつも、心の中にボクシングへの興味があった。とはいえ始めたのは護身術程度の軽い気持ち。8年程前に地元、金沢で一つしかないボクシングジムの門を叩く。一度目は入り口まで行ったが、あまりにもドキドキして戻ってきたのは可愛い話。勇気を振り絞って再度ジムの門を叩くのは、いつかたどり着く運命に引寄せられたのか。
通い出して数年が過ぎた頃、練習中に会長から「お前いいパンチしてるからプロ、いけるかもよ」と言われプロという道を知る。彼女の気持ちにがぜん火がついた。
2014年デビュー。もともと柔道整復師だが今はジムが経営する接骨院で医院長も務める。
仕事はいつも試合の前ギリギリまで。今回は計量が金曜日、整骨院が木曜日が休みの為水曜の夜まで働いた。試合後の日曜日は休み、月曜は予約客のみ、そして火曜日からは通常どおり営業。顔にはずいぶんダメージを負っているが、それもいつものことだ。
職場はジムに併設。だから仕事と練習は直結。ギリギリまで仕事をして、終わったらパチッとスイッチを入れ替える。
「もともと仕事をして、そのまま家に帰るのが苦手。仕事とプライベートの間に何か一つ入れたかったんです。」
多くの女子プロボクサーがそうであるように、彼女も二足の草鞋を履く。それは時として不遇の象徴に思われがちだが彼女の場合、仕事とボクシングは直結している。そしてそここそが彼女の居場所なのだ。当然、仕事を辞めたい、などとの思いは皆無である。
仕事も、ボクシングも、かけがえのないもの。
そこには自分を支えてくれる人がいる。必要としてくれる人がいる。
「自分の居場所って、なかなか見つけられないと思うんです。」
走り続けて手に入れたこの場所を、守るためにまた、走り続ける。
女子日本初代フェザー級チャンピオンは惜しくも逃したものの、最終ラウンド、両者一歩も引かぬ激しい打ち合いは観客の熱と呼応した。34歳と37歳。身も心も成熟した大人の女性のぶつかりあいに会場はすっかり魅了された。
彼女の目標の一つはそれだ。「お客様を満足させる試合をしたい」。
来てくれるお客様にとってボクシングの試合は非日常。いつもは出さない大きな声を出し、無我夢中で自分を応援してくれるキモチに応えたい。
「みんな高いお金を払って来てくれてますよね。その人たちにその金額以上のものを残す試合をしたいんです。この直近の二試合、見てくれた人に感動したって言われました。やっと、少し、そんなボクシングができたのかな。」
人の心に何かを残す試合をしたい、そのために命をかけて打ちあった。
敗北を喫した悔しさを秘め前を向き笑う。その姿にもやはり、感動させられてしまった。