SAEMI HANAGATA / HANAGATA
花形冴美/花形ボクシングジム
OPBF Female MINI-FLYWEIGHT Champion
w/14 l/7 d/3
公開日 2018/07/24 取材日 2018/05/29
取材協力
参考文献:忘れがたきボクシング名勝負100/日刊スポーツ出版社 近藤隆夫 著
「名前、いるか?って聞いたら素直にはい!っていうからさ、こっちも引くに引けなくなっちゃって。」
「会長!初めて聞いたわ!えー!」
わははーと会長が笑えば、花形のツッコミがすかさず入る。安易に「親子のよう」とは言いたくないが、やはり他人とは思えない空気感だ。
花形冴美。当然、はじめは私も会長の娘さんだと思っていた。
「今まで男の選手に名前をやろうと思ったこともあったんだけどね、みんなびびっちゃって無理ですって言うから。てっきりいらないって言うと思って。」
会長の名前を授ける、それは間違いなく特別で、信頼の証。彼女の何を、会長は信頼しているのだろう。
「このジムの中で、一番練習してるんじゃない?」
花形進。4度の世界挑戦は当時の15ラウンドを全てフルで戦い判定で敗れた。そして不屈の5度目の挑戦で世界を掴んだボクシング史に名を残す言わずもがなの名チャンピオン。花形冴美の姿はどんな風に写っているのだろう。
「自分、しんどいことには耐えられるんです。痛みにも。」
彼女の言っていることはハードだ。それは単純に、トレーニングの話。練習量が、とにかく多い。
「夜中まで遊んでも次の日朝から必ずロードワークをします。やらないほうが不安です。」
ボクシングを始めたのは、大学1年生の時。ハンドボール部に所属していたが、団体競技ゆえのトラブルに巻き込まれ退部。心機一転個人競技、ならば以前から興味のあった格闘技へと導かれる。縁とは奇なり必然なり、通っていた学校と自宅のちょうど中間にあったのが花形ボクシングジムだった。見学したその日にジムに入会、決めた理由は「会長の人柄」だった。
「人柄」、どんなところが?やはり言葉で聞いてみたくなる。
しかし、一度会長に会えばその質問は愚問でしかなく、誰もが一瞬で心を許してしまう、あの笑顔がその答えだ。
「誰に対しても平等で優しいですよね。」
初めてジムを訪れた日に入会を決意させる納得の人柄。その日以来、花形はボクシングにのめり込んでいく。
大学3年生、2007年に女子プロボクシングが認可されると決まり、花形は大学を辞めることを決意する。医療系の大学に通っていたため、3年生は実習が多く、ボクシングをする時間がなくなってしまう。
「勉強はいつでもできるけど、ボクシングは今しかできない。」
今の自分にかけてみたい、気持ちがあった。
そして予想通り、周りの大人たちはこぞって止めた。さすがに会長までも。だが大学の友人たちは「冴美らしいね。」と言い応援してくれた。自分の中では確信を持った決断だった。高額な学費を無駄にしてもやるからには世界チャンピオンになるしかないと、心に決めた。
「器用でも、上手くもないけど、ジムの中で一番、練習してるんじゃない?自分でこうなりたいっていう気持ちが強いよね。とにかく真面目だよ。あんなに真面目に練習するのは、不安なんじゃないかな。」
今やジムで最古参となった花形を眺めながら、会長は言った。さっきまでここで話していた時とは全く違う顔つきの彼女がリングサイドでバンテージを巻いていた。
遅咲きと言われながら誰より練習した自分を信じたかつての日々。そうしてチャンピオンに登り詰めた会長は、毎日おまじないのように花形に言う。
「これだけ練習してるんだ、大丈夫!」
2008年にプロになって10年が過ぎた。思い描いた順風満帆とは程遠く、怪我や敗北、沢山の挫折を経験した。それでも彼女は今ここにいる。東洋太平洋女子ミニフライ級のベルトの次はいよいよ、あの時誓った世界へ。積年の夢を叶えるべく、花形は今日も練習する。
「やっぱり、諦めず、続けることが大事だな。」
会長は笑顔で私の目を見て言った。偉大なるチャンピオンの言葉は、限りなくシンプルで、色褪せない。